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美食と女は敵のまま

美食と女は敵のまま
Written by水美 ユイ(Mizumi Yui)

 私たちは全男性の恋人にならないと永遠に批判の対象なのだ。

 英国でも多くの話題を呼んだ作家柚木麻子氏の「Butter」をミーハー心で手に取ったことを深く後悔した。生きている限り本作が頭を掠める瞬間があまりにも多いからだ。そして、多くの人々が読んだはずなのに変わらない世間の意識に疑問を抱いた。

 本作は首都圏連続不審死事件の被告人をモデルにした梶井と梶井の記事を書くために深くこの事件に入り込んでいく記者町田里佳が主人公である。
里佳は梶井の事件の動機を梶井の愛する美食を通じて探っていく。そのうち里佳自身も美食に目覚めていくのである。
梶井との面会シーンは毎度見ものである。堂々とした恋愛観と里佳へ面会土産のようにこれを食べなさいと美味しいものを勧める。そこで梶井がこよなく愛して里佳に最初に勧めたバターが本作のタイトルにもなっている。梶井が勧めたバターはいつも私たちがスーパーで手にするバターではない。フランスの発酵バター『エシレバター』である。本書を読み終えたあと、早速私はカジマナが執着するエシレバターを買いに行った。
食べ方はカジマナが紹介した通り冷蔵庫から出したばかりの冷えたバターを熱いご飯の上に乗せて食べる。
一口食べて私は驚いた。これまで食べてきたバターとは全く持って別物。
クリーミーでマヨネーズのようなまろやかな風味に程よい甘さと塩気。食べ勧めていっても口の中が全く脂っこくならず、ついつい炊飯器へもう一度手が伸びてしまった。
こんなに美味しいバターを普段から食べてしまったら人生が狂ってしまうのではないかと不安になるほどだった。
これは娯楽の範囲に収めておかないとお財布が持たない。しかし、こんなに美味しいもの前にしてお財布や体型のことが頭によぎる自分の心の貧弱さは考えものだ。話は本作は戻る。

 元々スレンダーと評判であった里佳は美食に目覚めていくとともに体型も変動していく。その様を「頑張りが足りていない」とまるで仕事へのストイックさを無視して体型だけで怠惰であると決めつけたのだ。そう決めつけたのは里佳の恋人である誠。里佳は売れる記事を書くために梶井と向き合い続けた。そのため誠と2人きりで過ごす時間から自然と距離を置いていた。そのため段々と2人の間に溝ができ、誠は梶井への嫉妬や寂しさで里佳に冷たくあたるのである。
しかし、ひょんなことで久々に誠と夜を共にすることになる。その夜に誠が里佳に「今の体とてもセクシーだよ」と喜ばしげに伝えるのだ。
この手のひら返しは戦慄ものだ。だって、あまりにもリアルだから。男性は自分の腕の中にいればどんな女性も可愛いのだ。欠点を過剰に作り上げるのはいつも男性であり、その欠点が発生する原因というのは女性の外見や内面ではなく欠点を囁く男性の手の中にその女性がいないことである。
誰にも辛い言葉を投げかけられないために、女性たちは本当に食べたいものも我慢していつも綺麗で優しく仕事も真面目にこなすのだ。しかし、周りにいる人全員に抱かれてしまえば好きな食べ物も我慢せずに頑張りすぎず生きていける。
そんな究極の二択を女性たちに強いるのはまだまだ男性主導の社会であることが窺える。

 本当は好きなものを好きなだけ食べて、どんな体型でも楽しく恋をして好きなものをとことん追求して周りの辛い言葉を鼻で笑う梶井のような生き方でも良いのかもしれない。そんな梶井が最終的に男性たちを殺さないといけなかった理由についてはまだ誰にも、もしかしたら本人にも分からないけれど。

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