鈍行ママチャリ、ぜんぶ白馬
推しが泣いている。今まで一度だって、真実の涙を見せなかった彼女が、好きなキャラが非業の死を遂げる回のアニメを泣くために観るわたしみたいに、泣いている。隣の席の友人も、その隣のハンドルネームしか知らない同担も、なにが起こっているのか理解できないみたいにポカンとしていた。観劇ルールにのっとり、無用な音などひとつもなかった会場が、徐々に押し殺した悲鳴と嗚咽に彩られていく。
さかうみ、おうき。
小さな、思わずこぼれた誰かの呟きが、観客たちの理性と、辛うじて保っている大人らしさを奪う。推しに嫌われたくない、ちゃんとしたファンだと思われたい。今日は、彼女の晴れ舞台なんだから、これまでのどの日よりも清く正しく美しく、送り出したい。集まったファンたちの気持ちはだいたい、こんなはずだ。それなのに、わたしの口はだらしなく半開きで、なんとまぬけなことだろう。恥ずべき姿のまま、わたしはステージから目を逸らせないでいた。
彼女との出会いは、なんて語れるほどのストーリーがあるわけじゃない。友人に誘われて、ちょうどこちらからも布教したい作品があったから、交換条件みたいにチケット代を払った。ありきたりな話。急きょ余ったそのチケットが、わたしを新たな世界へ連れ出すオールになるとは思いもしなかった。漕ぎ方もしらないボートでたどり着いた新しい大陸は、この目に捉えられるだけしかないのに、呆けてしまうほど広かった。
そこは、そこに立つ人々は、きらびやかで、華やいで、けれど汗の匂いもあって、どこまでも人間だった。日常生活ではお目にかかれない衣装、とうてい成り代われない生き様のキャラクター。みんな息をして、動き、歌い踊る。人間の舞台。手を差し伸べられ、ぬかるんだ浅瀬から引き上げられたような感覚を、今でも覚えている。
覚えている。彼女に出会ったあの瞬間を。
三度目の舞台、深紅の、血の腐った色を纏った悪女。
夜の波間をそのまま写し取ったようなうねる勝色の髪。自らの勝利のため、舞台に上がる人間を片っ端から引きずり沈めようと、白魚が骨になる白さで招く指先。ひるがえる豊かな布地は、世界を内包する天蓋のよう。彼女が憫笑する度、それがわたしに向けられていると感じた。たった数分で、その足元に落ちたわたしを。彼女の笑い声と、敗北の落涙を養分に、わたしのしらゆりは咲いた。あれはなんという花でしょう? そう問いかける必要もない。世界の真理を知った賢者か、十三階段を上る受刑者か、はたまた曲がり角で咥えパンの女の子とぶつかった子どもみたいに、授かった。
あの愛を。
なのにどうして泣く? この場所には愛しかないのに。みんな彼女を愛してる。その美しいシルエットを貫こうと、包みこもうと、たくさんの目が見つめている。ステージに立つ彼女を。スポットライトを浴びる彼女を。このまなこがただ唯一の照明であれと、望む気持ちを椅子の背に隠して。微笑んで、真摯に、穏やかに、見ていた。最後の舞台。どうして泣く。そんなふうに、歌劇を超えて。最後、最後なの。今日はわたしが、この世界で歌い踊る推しを見る、終わりの日。
消えないざわつき、舞台に立つキャストたち、彼女、そして背を向けるシルエット。すべてを等しく彩るように、音楽は流れ続ける。
最後の公演は特別だ。いつも通りの完璧な舞台を終えたあと、二部とでも言おうか、退団するキャストに縁の深い者が舞台に上がって、送り出しの歌劇がある。それは指導を受け持った後輩だったり、愛の鞭を与えた講師だったり。たまに、いや、お前は出んなよ、と物議を醸す登壇もあったりするのだが、そのあたりの事情はファンには推し量れないだろう。仲が悪いように見えて、養成所で涙を拭いあった同期だとか。
とにかく、その特別な最後とやらは、当然のごとく倍率が高い。キャストの人気によっては、転売屋が参戦してくることも。推しはそりゃあ人気だけど、わたしの日頃の行いが良いので、チケットは手に入った。というか、これだけご贔屓歴が長ければ当たる。ここで当たらないなら、わたしのこれまではなんだったのかと、阿修羅になるところである。「推し活って、お金次第なのとランダム抽選って結局どっちがいいのかな?」隣の友人が、ご用意できませんでしたと告げる別ジャンルから送られてきたメール画面を眺めていた姿を思い出す。なんだっていい、推しに会えるなら。全部ムカつく、推しに会えないなら。だって推しは人生の色彩だ。小さな日々の苛立ちも、いまだに夢の中に居座り続ける古い染みも、彼女が笑えばつかの間、隣町くらいの距離に追いやることができる。人生色々あるので、行けなかった公演も存在する。何度泣いたかわからない。涙はすぐに乾いて過去へと流される砂塵だけど、目覚めて鏡で見るブサイクな顔は忘れられない。一番きれいなわたしも、一番決まってないわたしも、推しが見せる夢だ。
わたしの推しはかわいくて、華やかで、この業界にしては長くトップに在籍していた。若さの陰りのかの字も見えないうちに退団していく人たちをたくさん見てきた。それが良いことなのか悪いことなのかわからないなりに、みんなもう少し長くいてもいいのに、そんなふうに思っているうちに、とうとう推しの番がやってきたのだ。
まだ居るの? さっさと辞めて後輩に譲れよ、一部からそう悪口を言われていたのもしっている。
彼女は珍しく、パートナーが片手の指を超えていたから。
夢と美しさ、それに人気とお金、どれを加味してもペア売りは理想的だ。ひとつのペアで数年公演して、それからほとんどが同時期に卒業していく。わたしの推しは、儚いお姫様、悪い魔女、夜の妖精、人喰いの獣、たくさんの役を演じた。そのどれもが違う相方で。在籍が長くなるほど、その時の相手役のファンに悪口を言われ、彼女をまるでパートナーをとっかえひっかえする悪女のように扱う匿名のスレッドが立つ。
もちろん、わたしのようにファンも多い。今日だって、最後のステージは満席。彼女の華やかさとどこか執念染みた演技は、目の肥えた観客をいつだって魅了してきた。アンチですら、演技と歌はまぁ、と悔しげに語る。彼女がステージの上でさめざめと泣くとわたしも悲しい、そんなありきたりだけど、どこか尊い気持ちにさせてくれたのだ。そんな推しの、本物の涙。
はじめてナマで見た、隣の友人のつぶやきに、それはそうだと思う。わたしだって、逆海王輝を見るのは初めてだ。多分、ここにいるほとんどの人がそうだろう。それなのに友人がこぼした言葉に頷いたのは、見慣れていた気になっていたから。
歌劇団の公式サイト、ファンクラブに加入すると閲覧できる個人ブログ。推しは更新頻度が高いわけではない。初演、大千秋楽などの記念公演、誰かの退団、更新するのがあたりまえなそれらを除けば、ブログの存在を数ヶ月忘れることもある。こんなのオマケみたいなもので、何年もファンクラブに入っているのは、今日のようにチケットが取りやすいからだ。一番の恩恵はそれで、次に素晴らしいのはわたしの会員証がしらゆりなことだろう。十年、推し変せずにいるともらえる、しらゆりの美しいおうとつ。それが刻まれる会員証が珍しいのは、劇団在籍年数の平均を超えているからで、つまり彼女の意思と努力が刻まれているといっても過言ではない。
しらゆりはわたしに、わたしの魂に根を張っているのだ。けれど、それが素晴らしいのだけど、オマケが欲しい時もある。他担が「○○ちゃんと同じカフェ行った」「写ってた美顔器ゲット。これであの肌になれる」なんてストーカーまがいの発言をしているのを聞くと、推しの最後の更新はいつだったっけ、そう思ってしまうのだ。モヤモヤなんて言いたくないモヤモヤが溜まると、過去に発行された会報や各雑誌のインタビューを広げ、彼女の発言を拾い集める。泳ぐのが好きで得意なのは背泳ぎ。いつか猫とフェレットと暮らしたい。花をすぐに枯らす才能がある。最近はキャンプが気になっていて、そんな自分をミーハーだと思っている。だけどひとりは怖いからしない。好きな色は深い青。でも憧れたのは美奈子ちゃん。ほら、こんなに彼女を知っている。記念品みたいに過去を広げて、そっと愛でる。羨ましくなんかない。ないったら。
人間の尽きない欲望を煽るシステム、更新されない推しのブログのその背景は卒業公演の写真。二年制の養成所の最後におこなわれるそれは、生徒たちが初めて観客を迎えて劇場に立つもので、生徒の親族、友人、それから長く歌劇団を応援している一部のファンしか入れないレア公演だ。円盤も出ない、まさにプレミアである。彼女は、わたしなどからしたら当然ながら、主役だった。そしてもうひとりの主役にして、彼女の初めてのパートナーが、逆海王輝。
華々しい活躍が待っていると期待されていたその人は、入団してから二年を迎えることなく舞台を去った。理由はよくしらない。本当のところは。噂なら色々あった。実家に戻らないといけなくなったと、なにかで読んだ気がする。在籍年数が二年しかなく、養成所ではトップでも、入団したならただのキャストでしかない逆海王輝の噂なんてたかがしれているけれど、どのファン界隈にも噂好きはいる。田舎のスーパーで働いているのを見ただとか、結婚して子どもがいる、お見合いらしい、とか。もちろん根も葉もない、部屋に漂うホコリみたいにふわふわした話だ。中には隠し撮りっぽく、逆海王輝に見えなくもないかな? いや、違うか、なんて言いつつ写真を載せている匿名希望もいた。わかるわけがない。二年しか舞台に立たず、独特の彩色を持つ化粧を落とした姿を、わたしは想像できない。推しのすっぴんや薄化粧すら見たことがないのに。ああ、どうして他担が見れるものをわたしは見れないのだ! でも、誰だって隠したいものはある。それほどでもなくても、見せなくてもいいか、と思う事柄は誰しも持ち合わせているだろう。だからいい。推しがブログを、日常を、簡単に人の目に晒したくないなら、わたしはそれで。逆海王輝もそうだろう。去った人を追い回してなんの意味が? そう思うものの、もし推しが歌劇団からの卒業だけでなく、芸能界からも去ると言ったなら、わたしはどうなるのだろう。どこかで彼女を見かけたという情報に、振り回されずにいられるのか。それがなんだか恐ろしい。今日、この場を去る推しや、いつかの日に去ると決めた逆海王輝はもっと恐ろしかっただろうか。これまであった明日がなくなることを、どう想像して、折り合いをつけ、受け入れ進んだの。
学校にまで入れたのに、これからという時に逆海王輝を呼び戻した声がいったいなんだったのか、それを考えると気分が悪くなる。噂でしかなくて、誰も本当のことはしらないけれど、想像だけで指先が冷える。わたしたちには、いつもそのような声がつきまとう。上から下から背後から、汚れて伸びた恐ろしい色の爪があらわれ、皮を引き裂こうとする。それら逃れるすべは、力や勇気などではない。
わたしにそのすべが与えられていると、思い込ませてくれるのが推しだ。彼女を見ていると、枯れ果てた泉の、その落窪んだ真ん中から、清らかな水が湧いてくるような気持ちになる。理解のない、血が繋がっているというだけの家族。次から次へと問題がドミノ倒しな職場。心をひらける友人は、ピースサインの分だけいるのが幸いか。
日々は波乗りみたいにこなせない。隣にいる友人は「すごい趣味。うらやましい」なんて、まったくうらやんでもいない顔で言っていたけれど、わたしからすれば、週末の度に会える友達が何人もいて、家族にお悩み相談ができる環境こそをうらやむ。なんとなく遠くに追いやれても、記憶は影より濃くつきまとう。まぶたの裏側をじっと見続けるだけの時間は苦痛だ。そんな時、夜空に輝く星のごとく、わたしをまどろませる子守唄が推しなのだ。あるいは、日常に潜む鋭い悪意に立ち向かう怒りと勇気、それらを思い出させてくれるのが。まぁ、モンスターたちは簡単には倒せない。だから、眠れない夜がわたしにはある。逆海王輝は?
あのシルエット。
見る。髪がかけられた左耳、わたしの嫌いだった同級生に似ている。朝、教室の扉を潜るたび、笑われている気がした。運動部でもないくせに、いつでも一番乗りでクラスにいた女。優等生だったけれど、親の転勤でいなくなった。嘘つき、誰にも本当のことを言えなかった女。あれ以来どこにいるかもしれない同級生。見る。長く伸び、うなじあたりで結ばれた髪。馬のしっぽみたいだ。乗馬が趣味だった同僚がいたな。親戚が北海道でクラブをやっているとか自慢げで、わたしにばかり雑用を押しつけた。嫌なやつだったのに、わたし以外には人気のあった男。背中の広さ、鼻筋、ここから見える部分すべてで、パッチワークしようとしている。醜い継ぎ接ぎ、そこに楽しさの糸が混じる前に、一度まぶたをゆっくりと閉じた。
そうだ、わかるのは、推しの最初のパートナーは消えたということだけ。それだけにしよう。酷い話、これがもし死んだとかなら伝説にでもなっていたかもしれない。だけど逆海王輝は、卒業公演で期待と共に賞賛され、ただ時期を待てずに辞めただけの人間。ほとんどのファンにとってそういう認識だったと思う。推しのブログの背景、推しが大切にしているピアスをくれた人、推しがたまに「わたしの初めての人」と思い出話に乗せる女。
それが今、推しの前に跪いている。まるで歌劇の中の王子さまみたいに、わたしの愛する推しに一輪の花を差し出している!
二部、最初は華やかさと軽快さで劇場を彩っていた音楽が、ガラリと変わった時にわたしは警戒すべきだった。一部の荘厳な幕引きを目尻に残る涙を拭うことで切り替え、軽やかな音楽に肩を小さく揺らせていた。あのわたしは愚かだったのだ。きっと予兆はあったのに。
送り出しに涙はいらないから、そこでおこなわれる歌劇も軽やかなものが多い。次々あらわれる縁のあるキャストと弾むように踊りながら、用意された台本とも、真実とも取れるセリフを言う。それぞれに思い出の曲をデュエットする。くるくると衣装をひるがえして回り、笑顔で次へと。そういう場だ。終わりをどのように用意して見せるのかは好みがあるだろうけれど、わたしはこれでよかった。彼女の歴史が垣間見える、まさに人生の歌劇。少しリアルな笑顔もかわいいな、なんて、そんなふうに観ていた。わたしも笑顔だった。隣の友人も、周りのファンも。
それが、あの静かで荘厳なメロディで早変わり。
ゆっくりと落ちていく照明。
舞台袖へと消えていくキャストたち。
真ん中に取り残されて、それでも動揺を見せずに美しく立っていた推し。
スポットライトがゆらりと揺れて、浮かび上がらせたのはひとりの女。
ステージと観客席を繋ぐどっしりとした木製の階段、その下。
膝をつき、花をステージへと差し出している。
推しへと。
わたしの、わたしが世界で一番愛する、彼女へと。
すぐにわかったのはなぜだろう。会場のほとんどの人間が、実際に見たことはないはずだ。けれど、隣からも、背後からも、息を飲む気配が感じられた。さざなみのようにひとつの名前が伝播して、静かだった会場を飲み込んだ。小さな波が、やがて大きくなるのは道理だ。それがどのような形で届くのかは、待ち受ける者ひとりひとりで変わる。あのぴんと伸びた背中が、いったい誰のものであるのか、ひとときの間でわからされたわたしたち、それぞれの。
白いシャツ、地味な幅広のズボン。推しとはまったく違う世界の女が手を伸ばし、差し出している花の名前を、わたしはしらない。それが瞬時に悔しさを連れてきた。波となって、わたしを押し流そうとする。
そして彼女は涙をこぼした。
それは諸刃の剣。彼女を愛する気持ちと、誰かを憎む気持ちを同時に湧き上がらせる。座り慣れた椅子の背に掴まり、流されまいとしていたわたしの、力のこもる手を引き剥がそうとする。誰かなんてかわいこぶらない。逆海王輝だ。あの、観客席に背を向けたシルエット。名前が何度も浮かぶ。逆海王輝。この日までほとんど思い出すこともなかった、女。思い出す場面があっても、わたしをいい気分にはさせない女。影をまとって、わたしに現実を思い出させようとする女だ。まさか、まさか、今日、この日にまで現実を引き連れてきた。
わたしはただのファンで、あの舞台を降りた女はそうではないと。
ファン。そんなことはわかっている。それ以上になりたいなんて。それ以上がなんなのかなんて、わたしはしらない。ステージと観客席、こんなに素晴らしい関係がある? ない。ないはず。わたしの涙が、声援が、祈りが、お金が、彼女の糧になる。彼女の歌が、華麗なステップが、ひるがえるスカートが、わたしの糧に。公演があった日は上演タイトルや彼女の名前でサーチした。誰ともしらないつぶやきに嬉しくなったり、怒り狂ったり。「ファンになった」それが一番のご褒美みたいに感じた。分母が増える、ただそれだけのことを、この世の春みたいに。はる、彼女が。彼女こそが、わたしの。
今、春に咲くらしい、彼女に似合いの花だと、わたしは。
名もしらぬあの、一輪の。
なみだ。
推しははらはらと泣いて、泣いて、あぁ、花を受け取った。階段をいくつか下り、花より可憐な推しが、それを落とすと世界が滅びるとばかりに、一輪の花を。ふと、わたしの腕の中に、一抱えの重さが現れた。大きな花束。色とりどりの、彼女にふさわしい花束を、わたしはこれまでの年月を思って差し出す。おつかれさまでした。ありがとう。大好き。これからも頑張ってください。想像の中ですらわたしはありきたりなセリフしか言えず、想像の中ですら彼女はそれを受け取らない。今、想像すら彼方に。
くちびるに痛みを感じながら、花束の消失を悟り、それでもステージを見る。今や逆海王輝は立ち上がり、彼女を見てほほえんでいる。斜めの横顔しか見えないけれど、あれは笑っているのだろう。
逆海王輝はわたしとなんら変わらない一般人にしか見えない。いや、言いすぎた、わたしよりはそりゃあきれいだ。でも、ずっとステージに立ち続けた彼女とは、あきらかに違う。陰りがある、歳月がある、疲れがある。正しく一般人。衣装があれば違っただろうか。化粧があれば。そんなことはないはずなのに、わたしとの違いがどんどん強くなる。わたしの中で、わたしと逆海王輝との違いが。
ここで歌唱に入るぞ、わたしはどの瞬間も、初めて聴く楽曲でもそれがわかる。何度も公演に足を運んでいるから。だから、予想外の感情に支配される今も、くる、と思った。そしてその通り、彼女の喉から聴き慣れた、しかし初めての声が紡ぎ出される。ステージの前方、階段に差し掛かる縁まで戻り、逆海王輝があらわれてから初めて、推しが観客席へ目を向け、手をかざし、歌う。今の推しがなかなか演じることのない、うぶな乙女の心情。ビブラートがわたしの心を揺らす。きっと、推しのまつ毛も。そういえば、何年か前に推しが投稿していた写真の、美しい曲線に見とれたことがあったなと、思い出す。こんな時に、こんな時だからこそか、あの上向きのまつ毛を思った。輝きがその先にちょこんと乗っていて、わたしを捉えて離さない。彼女について、思い出すことは、思いを馳せる瞬間は、日常の中に無数に存在していて、それが推しということだろう。そんな日々に、この先に、今日の出来事が追加された。ただそれだけなのに、推しは今も美しく可憐なのに、わたしはただそれだけでいられない。どうして、どうしてなの。
ぐんにゃりと引き伸ばされていた意識が現実へ返ったのは、新しい歌声が響いたから。それはもちろん、考えたくもないけれど、逆海王輝。考えたくなかったのは、その声がわたしを現実へ立ち返らせる力があったからに他ならない。彼女ほど上手くない。当然だ、ブランクがある。彼女にある歌劇の歴史が、逆海王輝にはない。奪われたらしい、引き離されたらしい、初めからお前には必要ないものだと、誰かに。それでもこの耳を塞がせないのは、わたしが逆海王輝に歌劇を見ているからだ。そうなんだろう。悔しい。わたしはあそこへ立てない。立つ必要もなくて、許されるとも思わない。逆海王輝が歌いながら、ひとつ、またひとつと階段を上る。
ああ、わたしは推しとわたしを、歌劇にしたかったのだ。
それなのにステージを降りる彼女の前に膝をつけるのは、逆海王輝だけなのだと、はっきりわかった。逆海王輝をわかった気になって、どこかで日々を生きるただの女を追って、歌劇の舞台から消え去った影を探す人間たちを軽蔑していたのに、わたしも同じだと、知りたくない感情をしらされる。推しの輝かしい活躍にも、舞台のすべてにも関係ないと、彼女がブログを更新しなくたって、他担が欲しがる情報もなにもかも関係ないと、思っていた。けれど、どうしたってついてまわる。どうしたって、彼女の人生は彼女の舞台に関係があって、必要があって、けっして捨ておけるものではないのだ。
だって歌劇は人生。
人生が歌劇だから。
彼女の歌劇には、最後の瞬間には、逆海王輝がほほ笑んだ。
それがすべてだろう。わたしは彼女の最高の瞬間に立ち会えたことに感謝して、感激して、涙する。そうするべきなんだ。人生をありがとう! そんなファンの傲慢さを、今こそ発揮すべきなのだ。今日の涙のために用意したハンカチでくちびるを隠す。ネイルサロンで彩った爪が頬にあたる。歌声はやがて重なり、繰り返し再生した録音みたいに違和感なくわたしに届く。そんなわけはないのに、わたしの人生の劇伴のように我が物顔で心に居座ろうとする。うつくしい。頬に傷がついた気がする。ネイルの間にファンデーションが入り込んでしまう。侵入される。ふるりと、小さく振った髪からお気に入りの匂いが香る。推しをイメージして作ったオリジナル。観劇仲間と自慢し合った日。「わからない」「わかるでしょ」「なんとなく」語彙の少ない言葉でなんでも楽しさに変えてきた日々。
あそこにいるのは、あの背中は、あの歌声は、ただの日々を必死に生きてきた女が持つもので、推しの纏う華やかさからはほど遠い。でも、わかる。あの瞬間、個人的な涙を止めるすべを持たなかった彼女の目に、逆海王輝がどんなふうに映っているのか。濡れた頬でそれでも歌う、わたしの彼女。
走馬灯と言うのか? 死にかけてもいないくせに、わたしの頭の中に、彼女と過ごしてきた日々が目まぐるしくあらわれる。わたしはひとりのファンでしかなくて、彼女にとっては数のひとつでしかない、そう言い切れれば楽だ。お金を払うだけ、応援するだけ、事実そうでしかない。割り切れれば、美しい。妄想も押しつけも、過剰な愛も一方的な加害になる、あたりまえの価値観。わたしもそちらにいると思っていた。そっちに行きたい。きれいな無害なファンでありたい。それがいい。なのに、頭の中には、いや、心の、これはこころの中だ。わたしの底の泉の、歪な形の水面から、こんこんと湧き出る記憶は、たしかに思い出なのだ。思い出は、わたしの存在だけじゃ生まれないではないか。そこになにかが、誰かがいて、初めて思いになる。その誰かは、まぎれもなく推し。世界の美しい真理のひとつ。
彼女の手が逆海王輝に伸ばされ、わたしは青ざめながらも天に伸ばされたあの白妙を思い出す。死んでむき出しになった骨みたいな、そのくせなによりも力強い指先。彼女の声がいっそう震えながら逆海王輝に届き、わたしはマスカラで汚れたハンカチを思い出す。歌声に泣かされるなんてと、子どもみたいに悔しがったのはそれが最後だった。彼女の足が堂々と逆海王輝に向かい、わたしは華やかさのすべてをひるがえす天蓋を思い出す。どれくらいの重さなんだろうと、舞台の裏側を見ようとして結局それは揺りかごになった。彼女の目がじっと逆海王輝へそそがれ、わたしはわたしだけの幻想を思う。こっちを見たと、わたしを見つけてくれたと、スポットライトが頭上に輝いて思えたあの日を、思う。力強く、残酷で、慈悲にあふれ、幼気な、春の日差しを湛えた、彼女のひとみ。まつ毛の一本一本すら、数えられると、馬鹿なことを。
思い出の幻燈がチカチカと燃える中、やがて推しはふたたび階段を下り、ちょうど真ん中で立ち止まったままだった逆海王輝の手を取った。見つめ合う、そんな陳腐な表現しか浮かんでこない。それを観るわたしは、ただの観客。そちらもやはり陳腐だ。ハンカチをくちびるに強く押し当てる。これは伝統ある舞台にふさわしいようにと買った。本当に、どこにでも思い出はある。逆海王輝はまだほほえみで陰影を作り、それはきれいな挨拶をした。美しく、けれど仰々しくないバランスでわずかに腰を折り、またぴんと伸ばす。いいのよ、推しがそう言った気がした。それはわたしの耳にしか、頭の中にしか聞こえていない声。つまり、わたしの声だ。
更新されないブログの背景で何度も見た卒業公演の写真。跪いて花を差し出す王子と、まだ初々しい姫の笑顔。わたしは笑えばいいのか泣けばいいのかわからなくなっていた。間違いなく、わたしの推しは、笑顔で、わたしの前から攫われていくのだ。奪われると、今だけは思わせてください。お願いします、歌劇よ。気づけば立ち上がっていた。落としたハンカチに、血。震え出すのは身勝手な体。後ろの席から、これみよがしな咳払い。
「座ってください」
