寝ぼけてどうこく
新宿南口の人混みをかき分けて甲州街道を渡ると、新宿じゃ貴重な広い空の下に、バスタ前のこれもこの街で随一のゆとりある歩道へたどり着いた。前を父親と母親が並んで歩み、兄貴が墓参り用の桶をぶら下げて二人と少し間隔を開けて歩いている、桶なんか町田の寺にいくらでもあるだろうに随分用意の良いことだ。
みんなでこれから町田までバスで墓参りだ。
兄貴とは中野のバーで大喧嘩のあげくに絶縁してから10年は経つか。万病を抱えてまだ生きていたのか、良い機会だ。兄貴と何度も繰り返した仲直りの締めくくりの日にするべきなんだろうな、小さく胸に誓いながら、いつも通り左で手を繋ぎ歩く彼女の温もりを確かめる。お彼岸は絶対晴れるもんだと思わない?と鈍色に曇った空を見上げてから見やると、喪服の何処かが落ち着かないのか顔を向こうに向けたままで曖昧にうなずいただけだった。
バスタを利用するのは初めてだし町田の寺ってのも行った事がない。
町田?町田に墓なんかあったっけ、いやいや寺も同様だ、どんな系類とも接点なんかありゃしないよな、ところでバスタはまだか。甲州街道を渡ってしばらく歩いたはずなのに高島屋はまだ隣にそびえている。
前を歩いていた兄貴が、見慣れた病みに浮腫んだ顔半分で振り向いて「覚醒無」、と呟いたのが聞こえたのか感じたのかスイッチだったのか、一人称視点の三次元空間が出来立てのアップルパイに乗せたバニラアイスのように頼りなく溶解し始めた、と共に覚醒しつつある自意識が夢に重なった。
〝ああこれは夢だ〟
5年前に極度の不眠症に陥って以来、医師とさまざまな睡眠薬、安定剤を試しエスカレーションの果て、これ以上の強度容量は処方出来ないと言われるところまできた。今は2時間ほどの間欠的な睡眠を二三度とれるようになった。
いくつかの副作用も回避し、慣れてしまえば短い睡眠に不都合も無くなったが睡眠品質にちょっと面白い変容が生じるようになった。
「覚醒無」明晰夢とも言う夢の中で「これは夢なんだ」と自覚したまま夢中を徘徊し、時に万能感を持って状況をコントロールし、あげくには空を飛んだり。
ただし覚醒した自意識が、夢を見て眠っているもうひとつの自意識の影にひそむ形でレイヤーしていればこの状態は持続するが、覚醒自意識が膨張し始めて睡眠を凌駕すると「目覚め」てしまう。
鈍色の空が周りに降りてきたかのように高島屋もタイムズスクエアも甲州街道も、夢の書き割りから下げられて残されたのは前を歩むふた親と兄。
いつも左にいるはずの彼女は握った手の感触すらも淡雪のように消えてしまった。
そうだ、過酷な闘病の末に彼女は5年前、抱きかかえたこの腕の中でまさしく最後の呼吸を終えたんだった。
そもそも寺は、うちの寺は東北の小さな街にあるじゃないか、どっから町田が出てきたんだよ。右端で輪郭がぼんやりし始めた親父は死んで20年以上、いやもっと経つか。
そうだ兄貴。
結局仲直りの機会はやってこなかったんだったな。
去年死んじゃったんだよな、死んでから七日目に見つかったそうだな、失敗した兄弟のまま真夏の孤独死だなんて、そんなむごい逝き方しかなかったのか。
〝お母ちゃんごめんなさい〟
彼女のためだけに残りの人生を費やそうと決めて、お母ちゃんを捨ててごめんなさい。
去年の夏、もう長くは持たないと伝えられて5年ぶりに再開できた病院の日当たりの良いゲストルームで、二人で本を開いて字をなぞって読んだね。お母ちゃん子だった末っ子だってわかってくれたかな。帰り際に手を取って泣きながら引き止めるお母ちゃんを抱きしめて自分も泣きながら、この罪を背負って行く自分には必ず罰が待っていて、それはどんな顔をしているんだろうと震えたよ。その次の日意識が途絶えて死んじゃったんだったね。
枕に頭を預けたまま目を開けた。
親父、お母ちゃん、兄貴、最愛の彼女、
と覚醒の度合いを高めながら、もう一度一人づつ確かめ直していってベッドに腰掛けた。
家族は全て喪われた。
自然の摂理、順番ではある。
それなのに寂しさが実体を持つもののようにして身体と心に圧をかけてきた強くつよく。
誰かに肩を抱いてほしい、許してもらえるなら全てをあずけ声をあげて泣きたかった。
