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映画「mid90s」によせて。

映画「mid90s」によせて。
Written by二 ヒサシ(Shitanaga Hisashi)

1990年代半ばのロサンゼルス。
家庭に問題を抱えた少年スティーヴィーは、ある日、兄の部屋を覗き込む。そこには当時のカルチャーの断片が詰まっている。その小さな扉から、彼はスケートショップに集う若者たちと出会うことになる。

少しだけ広がった世界は、彼を激しく歓迎するわけでも、拒絶するわけでもない。ただそこには、スケートカルチャーの中で少年たちが共有した時間がある。本作は、その時間を強い意図をもって断片的に描き出していく。

本作で目を見張るべきは、観察的な視点に徹しようとする姿勢だ。
少年たちの友情や、思いがけず互いを傷つけてしまう脆さを、過剰なドラマ化に頼ることなくカメラは見つめ続ける。フィクションであるはずの時間を、確かな記録へと変換しようとする誠実さが感じられる。

スティーヴィーにとって、仲間や家族は居場所であると同時に、頭を悩ませる存在でもある。しかしそれらは極端なステレオタイプとしては描かれない。例えば弟に暴力を振るう兄イアンは、時に弟と目を逸らし、時に泣かされ、またあるときにはジュースを差し出す。人間は多面的であるという、ごく当たり前の事実が静かに提示されている。

しかし同時に、この映画にはいくつかの迷いも見て取れる。

その一つが、登場人物の背景を言葉で説明してしまう場面である。
特にレイが仲間たちの過去を語るシーンでは、それまで画面の中で自然に立ち上がっていた人物像が、言葉によって整理されてしまう。映画が持っていた観察の力が、この瞬間だけわずかに弱まる。正直に言えば、この場面は蛇足として尾を引き続けてしまう。

また、俳優の表情を分かりやすく切り取るカットバックも散見される。表情が多くを語ることは確かだ。しかしその雄弁さゆえに、画面の中で見落とされてしまうものがあったのではないかと思わずにはいられない。

結果として本作は、90年代という時代を生きた若者たちの記憶を誠実に映し出そうとしていることは間違いないが、それを完全に実現できたとは言い切れない。説明をさらに大胆に削ぎ落としていれば、この映画はより奥深いものになったのではないかという思いが残る。

それでもなお、ドラマとショットのあいだを綱渡りするような語り口は魅力的だ。型にはまることなく、自身の記憶や登場人物と向き合おうとした結果とも言える。ここに描かれる少年たちは決して共感によって結ばれた共同体ではない。目的も意識もばらばらな、歪な集合体である。たとえ作品のテーマが置き去りにされる瞬間があったとしても、その時間に向き合ったこと自体は価値のある試みだろう。

そしてラストに現れるビデオ映像が素晴らしい。
少年たちを記録した映画から、突如として私たちは、少年たち自身が記録した映像へと突き飛ばされる。美しく整理された思い出を、作者は自らの手で崩す。そのとき私たちは、言葉にならない、しかし確かに輝いていた青春の時間を目撃したような錯覚に包まれるのだ。

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