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あなたの『シティーハンター』はどこから? と、風邪薬のCMのようなことを聞いてみる。

あなたの『シティーハンター』はどこから? と、風邪薬のCMのようなことを聞いてみる。

 「私は原作漫画から」という人は割と硬派な漫画読みと言えるでしょう(少なくともリアルタイム読者でなければ)。アニメからという人が多い気がします。世代によっては香港版(1996年)からという人も多いでしょうが、それは『シティーハンター』だから観たというより、ジャッキー映画だからという人が大半になる気がします。私もそうでした。
 そんな風に「シティーハンターってあれっしょ? ジャッキーがストⅡのキャラと合体するやつ」という印象を持ったまま、世代とのミスマッチか、一切の『シティーハンター』と触れ合わずに生きてきた人間が私。

 それでも漏れ聞こえてくる印象で、スケベだけどやる時はやる男が活躍するんでしょ?とか、アスファルト タイヤを切りつけながら暗闇を走り抜けるんでしょ?とか、その程度の知識は入ってくるわけですが。
 そんなジャッキー映画としてのシティーハンターはノーカウントにすれば(そもそも内容覚えてないし)、マイ・ファースト『シティーハンター』が、今回紹介するNetflix版。と、言えるなら「あぁ、そういう視点の評論ね」と成立しそうなんですが、マイファーストは宝塚版でした。まぁこれも『シティーハンターだから観てる、っていうより宝塚だから観ている』というジャッキー映画と同じ立場なのでノーカウントにしてくださいな。

 さぁ、とにかく大掴みの印象しか持っていない男がNetflix版・鈴木亮平主演・佐藤祐市監督作品『シティーハンター』を観ました。

 私以上に大掴みの印象しか持っていない人のために、『シティーハンター』の説明……はしなくていいか?
 わかっている人は読み飛ばしてね。
 原作は80年代後半から週刊少年ジャンプにて連載されていた北条司による人気漫画。大ヒットしたアニメは何度もシリーズ化され、アニメ映画も多数作られている。また、実写も香港・韓国・フランスで製作されるなど、世界中で愛されるハードボイルド漫画の金字塔。アニメの主題歌である『Get wild/TM NETWORK』は、主人公・冴羽獠を凌駕するほどに作品を象徴するアイコンになっている。

 さて、そんな作品が満を持して日本で実写化。Netflixの潤沢な資金もあるから、ド派手にやったるぜー、という話だ。
 さらにはここ最近の「実写化するなら変な改変とかせず、照れずに真正面からやろうぜ!?」という風潮も後押しされていると思う。たぶん一昔前なら、冴羽の「もっこり」とかそういったくだらないギャグは排除されて、ハードボイルドな部分だけがピックアップされて、しかもそれでも日本映画の限界で「ま、ここは漫画原作なんでこんなもんっしょ」という半端な出来になってしまっていたのは想像に難くない。

 ここまで書いていて、驚くことがある。冒頭で長々と書いたように、私は原作もアニメも触れてきていないので、シティーハンター”らしさ”のようなものを何一つ知らないはず。
 だけどこの実写版を見て、「はー、なるほどね。原作にあるコミカルな要素を捨てずに、きちんと世界観とマッチさせているのねー」なんて考えながら鑑賞できたわけだ。
 これがまずスゴい。普通、ハードボイルドなアクションを見せますよ〜と銘打っている作品で、「はー!もっこりちゃん!赤いもっこりちゃんも、白いもっこりちゃんもよりどりみどり!」なんて言われたらそれだけで萎えてしまいそうなもんだけど、「こういう世界観なんです!」と映像で説明しきっている。
きらびやかな新宿・歌舞伎町でのロケ、鈴木亮平の肉体、めちゃくちゃ様になっているガンアクション。それをきちっとやりきるから、急に心底くだらない下ネタギャグなんかを入れても、「(見たことすらない)シティーハンターらしさ」として受け入れることができるわけだ。ただし、仮に原作やアニメのファンが「こんなのシティーハンターじゃないやい!」と言うかどうかわからない。
 だが原作やアニメに触れていなくてもここまで大きな人気シリーズだと、いやがおうでも「らしさ」が日本人の中に根付いてしまうものなのでしょう。

 さて、そんなふうに「らしさ」に関してはクリア。次にお話だが、これもかなり丁寧に、ふたりの男女がバディになるまでを描けていると思います。ただ、少々丁寧すぎるのかな?とも。
 これも見てれば「はいはい、これって原作だと牧村って人の退場はだいぶ序章で、その妹香がバディなんでしょ?そのエピソードゼロ的なものを今回はやろうって話ね」というのは理解できる。だけど、それを丁寧にやろうとしすぎて、香が足手まといなシーンが多い(原作でもそうならごめんなさいだけどさ)。
 もちろん終盤できちんとバディとしてのアクションをしっかりみせてくれるから、それは素晴らしいんだけど。それこそ牧村とのバディがとってもプロフェッショナルで、男臭いものだったからそれを観ていたかったなー、なんてのはないものねだりだし、それこそ「シティーハンターらしさ」からは離れてしまうものなのでしょう。仮に『今回は香は登場せず、牧村とのバディものです』なんていうスタンスだったら、原作愛好家は「はいはい、香というキャラを信じ切れず、ありふれたハードボイルドものに落とし込もうって魂胆ね」と、早々に見限られてしまうだろう。
 かといって、エピソードゼロをすっ飛ばして(つまり牧村の退場をすっとばして)一本の映画として成立するかというと……。……するんじゃね? ……いや、わかんねぇな(笑)
 ただ、ひとつわかることがあるとすれば、そういった丁寧なつくりに挑戦した結果、「可もなく不可もない」という作品になってしまっていると思う。未履修者にとって「わぁ!シティーハンターって面白いな!原作読んでみよう!」とまで刺さる出来ではなかったかも知れない。
 ここまで作り上げたのはすごいけど、それが観たかったのか?というそんなバランスの作品に見えてしまいました。

 もちろん、エンディングであの曲がかかるのは最高ですよ。それだけで映画化した意味があるくらい。ルパンの実写は反省せぇよ。

 実は私、ルパン三世の初見もその小栗旬主演の実写だったんですよね。ワンピースも全く知らないので、Netflixのドラマ版から入って、「原作は全く知らないけど、あーだこーだ」と言うのを目的にして鑑賞しようかしら。

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