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「Blue Heron」過去は変えることができないが記憶は動かすことができる
監督の実体験をもとにした半自伝的な映画である。と、知ってはいたが、たとえ知らずに観たとしても察することはできた気がする。 それほど、ホームビデオと記憶の匂いがした。 舞台は90年代終わり、ハンガリー系の移民一家が越してきたバンクーバー島と、その家族の家。 サーシャは4人きょうだいの末っ子で、長兄であるジェレミーにはなにやら「問題」があり、それが両親を悩ませていると、幼いながらなんとなく察していた。

「熊は、いない」によせて。映ったものがすべて、だが
まず、この映画の主軸が、国境に阻まれた三組の人間にあることは明白だろう。一組目は、映画監督であるパナヒ自身。二組目は、彼が撮影する映画のなかで、フランスへの出国を試みるカップル。そして三組目は、村の掟によって関係を抑圧される恋人たちである。

映画『関心領域』って、タイトルがすごく良い
本サイトの執筆陣数名で食事をした。その際に、次になんの評を書こうかと話していて、ふと思い出した。 「そーいや、『関心領域』評ならすぐ出せるかも。昔、あの作品がよく分かんなかったって言った友達にせがまれて、評論? 解説? みたいなの書いたんだよ。あれをベースにすれば―――」

映画「ザ・ハーダー・ゼイ・フォール: 報復の荒野」によせて。
両親を殺された男の復讐劇という、本作の舞台となる西部開拓時代に限らず、非常に既視感のあるストーリーが展開される。 特筆すべき点として、まずヒップホップのMVの舞台をこの時代にしてみたと言わんばかりの作りがあげられる。
王国(あるいはその家族について)によせて。定義づけという取り返しのつかないもの
本作はまず、未成年を殺した疑いのある人物が警察による取り調べを受ける「フィクションパート」から始まる。 ここであえて「フィクションパート」と記したのは、この映画の大部分が、その殺人事件が起きるまでにある家で行われた会話劇のリハーサルで構成しているからだ。

『国宝』には付録がいっぱい
『国宝』の上映がさすがに終わりそう、という話。 「まだやってんのか!?」 映画館の上映情報を見ると、たまに口からこぼれるこの言葉。コナン、鬼滅、スラムダンクあたりがそうでしたね。邦画実写でこの言葉が出るのは、インディーズの作品が様々な映画館を転々としている時しかない。洋画だと『トップガン マーヴェリック』とかずっとやってたけど。

あなたの『シティーハンター』はどこから? と、風邪薬のCMのようなことを聞いてみる。
「私は原作漫画から」という人は割と硬派な漫画読みと言えるでしょう(少なくともリアルタイム読者でなければ)。アニメからという人が多い気がします。世代によっては香港版(1996年)からという人も多いでしょうが、それは『シティーハンター』だから観たというより、ジャッキー映画だからという人が大半になる気がします。私もそうでした。

